{"title":"江井ヶ嶋酒造","description":"\u003cp\u003e\u003cspan\u003e江戸時代、明石の西部地区の浜手は「灘」と呼ばれていました。\u003c\/span\u003e\u003cbr\u003e\u003cspan\u003e良い湧き水と播磨平野の良質の米に恵まれた灘では、酒造りが必然のように盛んになり灘の酒として、その名声を博しました。 ところが東（神戸・灘）が全国的に知られるようになったことから、この地域を西灘と呼ぶようになったのです。\u003c\/span\u003e\u003cbr\u003e\u003cspan\u003e西灘で酒造りが始まったのは、江戸時代初期のこと。\u003c\/span\u003e\u003cbr\u003e\u003cbr\u003e\u003cspan\u003e土地の旧家だった卜部家の二代目卜部八兵衛のころからでした。\u003c\/span\u003e\u003cbr\u003e\u003cspan\u003e明治時代に入ると五代目ト部八右衛門の弟兵吉（左写真）は独立して自ら酒造業を営み、事業を拡大。 明治21年に資本金3万円で江井ヶ嶋酒造株式会社を設立しました。これが江井ヶ嶋酒造の始まりです。\u003c\/span\u003e\u003cbr\u003e\u003cspan\u003e商標は「日本魂」で、明治27年には「百合正宗」、翌年には「神鷹」を登録しました。\u003c\/span\u003e\u003c\/p\u003e","products":[],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0885\/4559\/1612\/collections\/0c0814421f36352d74e92188c6f9cbb9.png?v=1788426288","url":"https:\/\/hyogosake.com\/collections\/%e6%b1%9f%e4%ba%95%e3%83%b6%e5%b6%8b%e9%85%92%e9%80%a0.oembed","provider":"酒商　吟SHIZUKU","version":"1.0","type":"link"}